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法学部名誉教授 光藤先生 追悼のことば

2025.01.30

《追悼のことば》

大阪市立大学法学部名誉教授

光藤景皎先生を偲んで

  「光藤会」代表幹事 日下部 昇(法昭46卒)

光藤先生は、昭和45年(1970年)、大阪市大に赴任されました。激しい大学紛争の嵐は大学を荒廃させましたが、長期間授業がなかった私たちは、勉強への飢餓感もあり、法学部内には司法試験を受けようという熱気がありました。新任の光藤先生のゼミ(刑事訴訟法)には、正規登録ゼミ生だけでなく、司法試験留年生なる無登録ゼミ生(「もぐりゼミ生」)が大挙して押しかけました。これを先生は何も言わずに受け入れられました。ゼミでは、もぐりゼミ生の不遠慮な質問に対して、先生は、「あ・・も考えられる」、「こ・・も考えられる」と、思考の過程をそのままゼミ生に語られる柔和な姿に、親しみとともに尊敬の念が自然と湧いてきました。

もぐりゼミ生から多くの司法試験合格者が生まれ、自然と「光藤会」という名で集まり、先生の「叙勲祝賀会」には、100名を超えるゼミ生が全国から集まりました。

 先生は、市大退職後、摂南大学、関西外国語大学を経て、名城大学、信州大学の各法科大学院で教鞭を執られました。この間の平成14年に弁護士登録(事務所は私の事務所)され、登録後は、国選弁護事件を積極的に受任され、被疑者・被告人接見のため、足繁く、拘置所、警察署巡りをされ、被疑者・被告人の「弁護人」としての実践を経験されました。保釈金捻出のため被告人の友人、正確な住所も分からないので、炎天下バスに乗り尋ね尋ねて友人を探し当て、保釈にこぎ着けたその真摯な弁護人としての活動に、先生の誠実さと情熱にあらためて感銘を受けました。

 今、目を閉じれば、先生が、私と並んだ机に向かって裁判提出用書面を書いておられるお姿が目に浮かんできます。

 “先生 また お会いしましょう”

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